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「空白の50分」を明らかにせよ―大川小検証委への意見文

東日本大震災において児童・教員80名が死亡した「大川小学校の悲劇」。
いったい大川小学校で何が起こったのか。この検証作業は石巻市教委から第三者による「大川小学校事故検証委員会」に委ねられましたが、その検証内容には多くの疑問の声が寄せられています。



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この大川小検証委がとりまとめた「事実情報に関するとりまとめ」に対する意見募集が、昨日締切で行われていました。

大川小学校事故検証委員会

大川小学校事故検証 事実情報に関するとりまとめ (PDFファイル)

「事実情報に関するとりまとめ」に基づく意見募集について (PDFファイル)

私は被災地支援の中で大川小遺族と知り合い、資料なども見せていただきながら様々なお話を伺いました。
数回お話を聞いた程度の私ですら推測できるストーリーが、この「とりまとめ」にはまったく書かれていません。
そのため、部外者である無礼は承知のうえで、昨夜検証委事務局に意見を送付しました。

ここまでの経緯を見るに、中心課題である「地震発生から津波到達までの50分間に、大川小学校で何が起こったのか」を明確にしようという姿勢は、大川小検証委には見られません。
この、言ってみれば「パブリックコメント募集」も、はたしてどこまで反映されるものかわかりません。
なので、私がこのような意見を送付したという事実を知っていただくために、ブログに意見文を公開することにしました。

私の推測するストーリーは、大胆すぎるかもしれません。
しかし、瑣末な議論に終始している検証委の作業に一石を投じるには、これくらいシンプルで明瞭なものが必要ではないかと思い、敢えて大胆に「見てきたかのように」書きました。
その点はご容赦いただければと思います。

 




導入

私は東日本大震災の被災地支援を行う中で、縁あって大川小学校児童遺族の方々と知り合い、お話を聞く機会に恵まれた。

石巻市教委による検証、および大川小学校事故検証委員会(以後「検証委」)による検証は、私が遺族に伺ったお話と大きく食い違う、または決定的に重要な情報が欠けていると考える。証言や物証が断片的にならざるを得ない本件においては、異なる立場の意見を列挙する「両論併記」が妥当ではあるまいか。

さらには、「再発防止」を語るのであれば、このような「公平性に欠ける事故検証の再発防止」も同時に語られなければならない。

これらの観点から、「事実情報に関するとりまとめ」(以後「とりまとめ」)は、第三者機関である検証委としての成果として甚だ不足していると考えたため、ここに意見を述べるものである。

最大の問題: 検証委が注力すべき最大の中心課題「50分の間に何が起こったか」に対する検証があまりにも少ない

大川小学校の悲劇を論ずる上で中心となる論点は、地震発生の14:46から津波が到達したと考えられる15:37までの間の「50分の間に何が起こったのか」である。これは、事故の検証が石巻市教委から第三者による検証委に移されたそもそもの発端であり、この点についての理解がないというのは常識的に考えられない。

しかし、追加資料を含めて92ページに及ぶ「とりまとめ」の中で、この中心課題に触れているのはp61〜64のわずか4ページのみである。この部分こそが立場の違いによって意見の相違が生ずる核心部分であり、そこに注力してこそ「第三者による検証」の意義があるはずであるが、周辺背景についての記述ばかりが多く、本来検証委に期待されているはずの中心課題に対して割くべき力が少なすぎると指摘せざるを得ない。

この50分間に関する証言は、石巻市教委の聞き取り記録でもこの「とりまとめ」よりも数多く存在し、聞き取り記録にない証言も、数回しかお話を聞いていない私ですら耳にしている。

最大の中心課題についてどのような証言があったかの網羅すら行なっていない本「とりまとめ」は、そもそも検証の方向性を初手から誤っており、故に、求められている成果にたどりつきようはずもない。貴重な時間を無為にしたことは誠に遺憾ではあるが、かくなる上は本「とりまとめ」はあくまで中間のとりまとめと位置づけ、この「50分」についての証言を中心とした新たな報告書を一から起草すべきである。

私が推測するストーリー: 多くの児童・教師が山への避難の必要性を理解していたが、一人の古株の教職員の意見が場を支配した

以下では、私が遺族から伺ったお話をもとに、私が推測している「50分の間に何が起こったか」というストーリーを記述する。当然公平性については検証の余地があるが、p62「『もし来てもたいしたことはないだろう』といった危機感のない様子だったようである。ほとんどの会話は、ゲームやマンガのこと、次週の時間割のことなど、児童が日常的に行う会話だったと考えられる」…このような、根拠も示さない推測をここに記述することが許されるのであれば、私が推測しているストーリーを記述することにも何ら問題はあるまい。

検証が必要であれば、遺族や関係者に再度ヒアリングを行うことを勧める。根拠となる証言が得られるはずである。

14:46の地震発生後、教職員たちは児童を校庭に避難させたが、そのあとどうするかは議論があった。多くの児童は不安に駆られていた。その中に「山さ逃げよう」と発言する児童もいた。

児童を引き取りにきた保護者の中には、7〜8mの津波が接近していることをラジオで聞いて知っていた方がおり、一刻も早く裏山に登って避難するよう必死に訴えてからその場を去った。

教職員のほとんども、避難の必要性を認識していた。南三陸町志津川出身の教職員もおり、津波に対して甘い認識など持っていなかった。多くの教職員が裏山に避難するよう主張した。裏山には学校活動の一環として、低学年含めて日常的に立ち入りがあり、裏山に登ることが危険だという認識はなかった。

裏山に登ることに反対していたのは、一人の古株の教職員であった。その古株の教職員は「校庭が安全だからここにとどまれ」と主張し、雪の降る寒さの中、暖を取るための焚き火をやろうと、ドラム缶2つを校庭に持ち出してきた。焚き火をやろうとするということは、完全にそこに根を下ろすつもりだったということである。

校長は市中心部に出張中であり、その時点での現場責任者は教頭であった。しかし大川小学校において校長と教頭は「外来者」であり、古株の教職員に対して指導力を発揮できなかった。教頭は古株の教職員に対して反論することができず、津波の様子を見るために自ら川の様子を見に大川小から離れるなど、現場の統制というミッションから外れた行動を取っていた。

(「とりまとめ」には「なぜ15:25以後、三角地帯への移動を開始したか」という、当然検証すべき事項に関する記述が何もないが、)児童と教職員が校庭から移動を開始した理由は、すぐそばまで津波が迫り、誰の目にも危険が明らかになったからだった。それはもう統率された避難ではなく、自らの命を守るための逃走だった。教職員のうちの一人はいち早く裏山に逃げ、校内にいた教職員で唯一の生き残りとなった。児童では同様に裏山に逃げた子ども、また幸運にも裏山のほうに押し流された子どもが九死に一生を得た。

三角地帯の方向に逃げた者で生きのびたのは、路地を抜けなければ三角地帯に出られないと知っている釜谷地区の児童だけだった。校庭からまっすぐに三角地帯をめざした者は袋小路に追い詰められ、為す術なく津波に飲まれた。

以上のようなストーリーが事実であるかどうかを検証するために必要なステップは、以下のようなものであると考えられる。

  • 「50分の間に何が起こったか」を記述することをプロジェクトのゴールに据える。
  • 登場人物を列挙する。匿名性は維持しつつも、最低でも教職員13名全員、児童108名中わかっている可能なかぎり、それぞれについて、背景および50分間の行動をまとめるべく列挙すべきである。
  • 関係者の証言を、個々の人物ごとにまとめる。匿名性は維持しつつも、例えばAという人物がなんと言ったかという、人物ごとにまとめた証言リストが必要である。
  • 証言リストを時系列に並べる。正確な時刻は不明でも、証言の相関関係により、事の起こった順番はある程度判明するはずである。
これにより、「誰が」「いつ(どのタイミングで)」「何をした(言った)」と「誰が証言した」かがわかる。矛盾があってもそのままに列挙すればよい。

こういったステップを踏めば、「50分の間に何が起こったか」を相当程度記述しうるのではないか。材料はほとんど出揃っているはずであり、あとは正しいゴールとステップが必要なだけである。

適切な証言を得るためには「個人への責任追及」が障害になるおそれもある。事実を明らかにするためには、真実を証言することで不利益を被ることはないと保証する必要がある。石巻市および文部科学省は、関係者または証言者個人に対しての責任追及が生じた場合、それを肩代わりすると保証すべきである。それは真実を明らかにし、歴史に教訓を残すための経費であると捉えるべきだ。

次の段階として: 石巻市教委や大川小の体質についての検証まで踏み込む必要がある

まずは前述のとおり、「50分の間に何が起こったか」を中心に事実関係の整理を行なっていただきたい。

その次の段階として、この大川小の悲劇は、石巻市教委や大川小の体質にその遠因があることを示す必要がある。

もし先述のストーリー「一人の古株の教職員の意見が場を支配し、50分の間避難行動を取ることを妨げた」…これが正しければ、問題は「マネジメントの不在」にあることが想起できる。現場責任者の教頭は、古株の教職員の意見以外にも、志津川出身の教職員の意見や、ラジオを聞いた保護者の意見を耳にしているはずである。その上で、古株の教職員の意見を覆せなかったのはなぜか。本来あるべき指揮系統ではなく、自然発生的な年功序列が根付いてしまっていたのであれば、その状況を生んだ責任は石巻市教委に求めなければならない。

大川小学校は旧河北町に位置しており、石巻市中心部から見れば「外様」である。これは風聞であるが、あまり評判がよくない校長が大川小学校に赴任してくる傾向があると耳にしている。「中央」に配属することを「高評価」とし、「外様」に配属することを「低評価」とするという、そのような評価基準による人事異動が行われていなかっただろうか。そのような理由で「中央」から落下傘的にやってくる校長・教頭が、はたして現場で統率力を発揮できるだろうか。

そして、石巻市教委が大川小事故の検証において、透明性・客観性があったとは言いがたい状況が多々ある。改ざんが疑われる公文書も拝見した。重要な箇所が“まるでコピーミスのように”ずれて見えなくなっていた。また、石巻市教委の大川小問題担当者は半年で次々に交代している。交代した後、なぜか必ず校長になっている。「嫌な役を半年我慢したら、校長にしてやるから」―—そんな人事が行われてはいないだろうか。

大川小の悲劇の根底には、このような石巻市教委の体質があるのではないかと私は懸念している。ここまで踏み込んでこそ、第三者による検証委の意義があり、ひいては後代に貢献しうる真の成果を生み得ると私は考える。
検証委のめざすべきゴールを再度認識し、はじめの一歩の方向性を踏み換え、遺族の想いに応える仕事をされんことを心から期待し、私の意見を終えたい。

ブログ筆者プロフィール

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中妻 じょうた 板橋区議会議員

板橋区議会議員「IT区議」中妻じょうたです。 長年ITプロフェッショナルとして働いてきた経験を生かし、より多くの区民の声を区政に反映する仕組みづくり、そして人の可能性を伸ばす教育・子育て、また障がい者福祉など社会弱者の対策に力を入れていきます。 仙台出身。東日本大震災被災地支援や原発問題には積極的に関わっていきます。 趣味は中国武術、マラソン、ゲーム、読書など。

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