あなたのピンチに、駆けつける。

原点は、自閉症の長男、
14歳差の次男。
そして、東日本大震災。

私の初当選は、2011年4月。東日本大震災の直後でした。
そもそも選挙をやることすら適切かどうかという雰囲気だった当時、出身地でもある東日本の被災地を必死に支援してきました。その中で、政治はまず、フワフワした話よりも「ピンチのときにまず駆けつける」、そういう存在でなければならないと痛感しました。

これほどの大惨事から10年が過ぎましたが、はたして日本の政治は変わったでしょうか。日本社会はやさしくなれたでしょうか。
私は、まだまだ。
あまりにも、まだまだだと感じます。

東日本大震災以来、西日本豪雨や令和元年東日本台風など、私は大災害が起こった際には極力、災害ボランティアに赴くようにしています。そこでは災害時の貴重な知見が得られるとともに、かけがえのない絆を結ぶことができます。
「お互い様に助け合う社会」の第一歩は、まず、困ったときに駆けつけることです。

令和元年東日本台風では、板橋区も「あわや」の事態になりました。荒川の水位が過去例を見ないレベルまで上昇し、「荒川の氾濫」を現実のものとして考えざるを得なくなりました。
こうした際に政治が最も手を尽くさなければならないのは、いわゆる「災害弱者」。高齢者や障がい者をどうやって安全に避難させるかです。
避難行動要支援者名簿の実効性ある運用や福祉避難所の拡充を、引き続き求めていきます。

危機の際に板橋区内外を駆け回って得た経験は、議会活動に確実に活かしていっています。
新型コロナウイルスという新たな危機を迎え、板橋区および日本社会もかつてない試練にさらされています。
危機の際に重要なことは「初動力」。コロナ禍に際しても、あくつ幸彦衆院議員と協力して取り組んだ持続化給付金問題や健康福祉委員会での徹底議論など、自らの危機感を前面に出して取り組んでいます。

すべての子どもたちの笑顔を守るために。

私が板橋区議会議員をめざした原点は、2000年に生まれた自閉症の長男です。当時IT技術者だった私は、長男を育てる中で、政治でなければできないことがたくさんあると痛感しました。
そして2014年に生まれた次男は、地域の幼稚園で成長し、2021年4月に小学校に入学。児童・生徒ひとり一台タブレット「GIGAスクール」最初の子です。次男とともに、地域の子育て・教育をよりよいものにしていきます。

中妻 穣太(なかつま じょうた)
・1971.8.15 宮城県仙台市生まれ
・宮城教育大学附属小・中学校卒業
・宮城県仙台第三高校卒業
・早稲田大学第二文学部卒業
・家庭用ゲーム制作、ITセキュリティコンサルタントなどに従事
・2011.4 板橋区議選初当選(2,299票、46位)
・2015.4 板橋区議選2期目当選(2,612票、46位)
・2019.4 板橋区議選3期目当選(4,613票、8位)
・趣味:中国武術(20年超、サークル「板橋武研」主宰)

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