災害対策集中連載、今回は「避難所」についてです。

先日、板橋区の防災備蓄が3つのルートに分かれているという話を書きました。
現物備蓄・協定物資・公的支援物資。
数量の公表義務があるのは、そのうち1本だけです。

あれは「モノ」の話でした。
今日は、「場所と、そこでの暮らし」の話をします。

日本は、建物で人を守るのは世界一です

まず、事実から始めます。

日本の住宅耐震化率は、約90%に達しています。
そして2016年の熊本地震では、2000年基準の建物の倒壊被害が明確に少なかったことが確認されました。
耐震基準は、机上の理屈ではなく、実際に人を守っています。

このことは、私自身、今月4日に熊本県御船町で確認してきました。
御船町社会福祉協議会のスタッフの方は、こう話してくださいました。

10年前の熊本地震では1600軒のボランティア受付を行なったが、今回はその10分の1。
耐震化が進んだためと見られる。

緊急地震速報も、2007年から運用されている世界初級の仕組みです。
消防団員は全国で74.7万人。
これほどの規模で市民が消防に参加している国は、世界的にも稀です。

日本は、揺れから人を守ることについては、世界の最前線にいます。

問題は、その後です。

生き延びた後に、亡くなっている

災害で亡くなる方には、2種類あります。

一つは、建物の倒壊や津波で直接亡くなる「直接死」。
もう一つが、避難生活の中で持病が悪化したり、体調を崩したりして亡くなる「 災害関連死 」です。

数字を並べます。

  • 2016年の熊本地震:死者275人のうち、直接死は50人。残る225人が災害関連死です(熊本県・令和7年4月11日速報値)。
  • 2024年の能登半島地震:直接死228人に対し、災害関連死は520人を超えました。 関連死が直接死の2倍を上回り、認定は今も続いています。

これは重く受け止めなくてはなりません。
地震の直接の被害で亡くなった方よりもはるかに多くの方が、いったん助かった後に亡くなっているのです。
これは「人災」と言わざるを得ません。

そして、国が令和7年12月に公表した首都直下地震の新しい被害想定では、初めて災害関連死が推計されました。
その数は、1万6千人から4万1千人です。

これは、国の防災の力点が「揺れで死なせない」から「生き延びた後で死なせない」へ移り始めたことを意味します。

なぜ、避難所で人が亡くなるのか。
原因の多くは、次のような連鎖です。

トイレが汚い、または遠い。
だから行きたくない。
だから水分を控える。
血液が濃くなり、固い床の上で同じ姿勢のまま長時間過ごす。
エコノミークラス症候群を起こす。

あるいは、床に雑魚寝することで舞い上がったホコリを吸い込み、肺炎を起こす。
夏なら熱中症、冬なら低体温症。

どれも、環境を整えれば防げるものです。

TKB48——イタリアが48時間でやること

ここで、海外の話をします。

イタリアには、市民保護局という組織があります。
イタリアでは、災害が起きたとき、 48時間以内に避難所へトイレ・キッチン・ベッドを整えることが制度化されています。

これを日本に紹介したのが、新潟大学の榛沢和彦医師らです。

  • T=トイレ(Toilet)
  • K=キッチン(Kitchen=温かい食事)
  • B=ベッド(Bed)
  • 48= 48時間以内に

頭文字をとって「 TKB48 」と呼ばれています。

イタリアでは、州とボランティア団体が公的な備蓄倉庫を持っています。
登録ボランティアは約80万人。
しかも料理人・電気技師といった職能別に訓練され、装備を持っています。

台湾も速い。
2024年の花蓮地震では、発災3時間後に、冷房・ベッド・女性専用テントを備えた避難所が開設されました。
秘密は、行政の指示を待たずに動ける訓練済みの民間団体と、平時に結ばれた協定です。

日本のスフィア基準(人道支援の国際基準)は、2024年12月の内閣府ガイドライン改定でようやく本格的に位置づけられました。
ただ、能登半島地震で分かったのは、ガイドラインに載っても現場で実践されるとは限らないということでした。

「日本は建物で人を守るのは世界一。でも、生き延びた後の避難所で人が死ぬ」。

これが、国際比較から見えてくる、日本のいちばん大きな課題です。

では、板橋区の避難所はどうか

ここからが本題です。

板橋区の避難所は、実は、かなりやっています。
まず到達している点から書きます。

到達している点

1. 体育館の冷暖房は、区立小中学校の全校で整備済みです。

避難所となる区立小・中学校の体育館には、冷暖房が設置されています。
区の実測データでは、冷房を1時間動かすことで、体育館内の温度が34.3度から29.3度まで下がっています。

私が御船町にいた8月3日、熊本市は観測史上1位の40.3度を記録していました。
しかも2週間雨が降ってないそうで、畑の作物が枯れ始めていました。

猛暑の中の避難生活が何を意味するかは、現地に立つとよく分かります。
その意味で、板橋区の避難所が「涼しくできる」ことは、他区に誇っていい到達点です。

令和8年度は、さらに武道場への空調整備と、全73校へのウォーターサーバー設置に広げる予定です。

2. 携帯トイレを、1年で約4倍に増やしました。

能登半島地震の最大の教訓は、トイレでした。
板橋区の携帯トイレ備蓄は、前年の約12万5千個から、489,900個に増えています。
マンホールトイレ349基、組立トイレ525基も整備されています。

これは、能登の教訓を実際に予算に反映させた例です。

3. 粉ミルクを、液体ミルクに全面切替しました。

粉ミルクは、お湯と清潔な水と哺乳瓶の消毒が要ります。
災害時にそれを求めるのは、現実的ではありません。
板橋区は液体ミルク5,160缶へ切り替えました。

4. 運営マニュアルに「女性を複数人含める」と明記しています。

避難所の運営主体は、住民による「避難所運営協議会」です。
そのマニュアルには、構成メンバーに女性(複数人)を含めることが明記されています。
避難所での性被害・プライバシーの問題を考えれば、これは当然でありながら、明記していない自治体も多い項目です。

まだ届いていない点

一方で、TKB48の水準に照らすと、課題も見えます。

1. 「B」=ベッドが、現物備蓄にありません。

先日の記事で書いたとおりです。
区が倉庫に持っている物資の中に、段ボールベッドはありません。
区内の志村製函所との協定で確保する設計になっています。

床に雑魚寝しないこと——これは災害関連死を減らす上で、最も効果の大きい対策の一つです。
それが協定頼みで、数量の見通しが立っていない。
先日の記事で私が「議会で聞く」と書いた項目の一つが、まさにこれです。

2. 1人あたりの居住スペースが、当初1.75㎡です。

板橋区の避難所は、1人あたり1.75㎡(畳1畳)から開始し、2週間後から3.5㎡に広げる設計です。

一方、東京都が令和7年3月に出した避難所運営指針は、スフィア基準を採用し、当初から1人3.5㎡としています。

畳1畳の上で、2週間暮らす。
そこには、荷物も置きます。
これは、都の新しい指針との間に明確な差があります。

3. 備蓄は3日分。避難者のピークは4日後から1週間後です。

区の備蓄設計は「発災後3日分を現物で持ち、4日目以降は調達と支援でしのぐ」です。
ところが板橋区の被害想定では、避難者のピークは4日後から1週間後、約6.6万人です。

つまり、いちばん人が多い時期は、備蓄ではなく、外からの支援で支える設計になっています。

そして第1回で書いたとおり、東京都の被害想定にはこう明記されています。

被害は都心部・沿岸部に集中するため、板橋区への応援は遅れる、または限定されるおそれがある。

御船町からの帰り道、私が考えていたのはこのことでした。
支援物資を「必要な人のところへ、必要なタイミングで届ける」ことが、いかに難しいか。
受け入れる側の手順——受援計画——が実効性のあるものかどうかは、もう一度、一から確認する必要があります。

4. 電源の計画が、まだ見えません。

御船町の報告で、私は「バッテリーは被災者にとっても支援者にとっても生命線だ」と書きました。

安否確認も、給水所の場所も、避難所の開設状況も、いまはすべてスマートフォンの中にあります。
猛暑下の作業では、空調服にもバッテリーが要ります。

避難所に、何人分の充電能力があるのか。
停電が長引いたとき、空調はどこまで動かせるのか。
体育館に冷暖房があることと、それを動かし続けられることは、別の話です。

これは板橋区でも、正面から検討すべきテーマだと考えています。

知らないと、当日に困ること

最後に、区民の皆様に直接関わる、実務的な話を3つ書いておきます。

1. 「発災したらすぐ避難所へ」は、間違いです。

これは私の意見ではなく、板橋区の公式なスタンスです。
自宅が無事なら、在宅避難が原則です。
そして在宅避難をしている方も、避難所で物資と情報を受け取れます。

避難所に人が集中すれば、本当に必要な方のスペースがなくなります。

2. 福祉避難所には、原則直接行けません。

板橋区の福祉避難所は、すべて民間施設との協定です。
直接避難はできず、開設は発災の3日後が目安 です。

まず一般の避難所へ行き、そこから福祉避難所へ移っていただく流れになっています。
ただしこの点は、区議会でずっと議論されています。
この後の項でその経過を書きます。

3. ペットは「同行避難」であって「同居」ではありません。

板橋区では、地震時は76か所中75か所でペットの同行避難ができます。
ただし、原則として屋外のテントです。
餌は5日分、飼い主が持参します。

「いったん一般の避難所へ」は、本当に現実的か

先ほど触れた福祉避難所の話に戻ります。

論点はシンプルです。

介護が必要な方や障がいのある方に、何度も移動していただくのは現実的なのか。

まず一般の避難所まで行く。
そこで受入れ先とのマッチングを待つ。
決まったら、今度は福祉避難所へ移る。

健常者でも消耗する行程です。
体育館の床で何日か過ごしてから移動する、というその順番自体が、この記事の前半で書いた災害関連死のリスクを高めます。

区議会でも、ここはくり返し問われてきました。
そして区の答弁は、この数年で確実に動いています。

水害は、すでに例外が認められている

令和6年第2回定例会(2024年6月7日)の区長答弁です。

水害時の対応としまして、個別避難計画を策定しております要配慮者が個別避難計画で指定しております施設に直接避難することは可能であると認識しております。

つまり水害については、 個別避難計画さえ作ってあれば、計画に書いた施設へ直接行ける ということです。

地震は、「研究」から「一定の理解」へ

問題は地震です。

さかのぼって、令和6年第1回定例会(2024年2月14日)の答弁を見ます。
通所している施設への直接避難について、区はこう述べていました。

福祉避難所への直接避難、特に要配慮者がふだん通所している施設へ直接避難することにつきましては、福祉避難所連絡会などで意見交換を行いまして、研究をしていきたいと考えています。

この時点では「研究」です。

それが4か月後、先ほどの水害の答弁と同じ第2回定例会(6月7日)では、震災時についてこう変わります。

震災時の対応として事前に避難する福祉避難所を決めておくことは、要配慮者の負担軽減にもつながるために、今後新規の福祉避難所と協定を締結する際は、当該施設に通所している要配慮者の直接避難を要望していきたいと考えております。

「研究」から「要望していきたい」へ。

そして令和6年第4回定例会(2024年11月28日)では、こう変わります。

震災時については、今年度から新規の福祉避難所と協定を締結する際は、当該施設に通所している要配慮者の直接避難を要望し、一定の理解を得ているところでございます。

さらに令和7年第2回定例会(2025年6月6日)では、新規の協定だけでなく、既存の施設が集まる「福祉避難所連絡会」でも直接避難を要望し、一定の理解を得て実効性を高めている、と報告されました。

ふだん通っている施設が福祉避難所なら、そこへ直接行けるようにする。
方向としては、そこへ向かって少しずつ動いています。

それでも残っている宿題

一方で、議会の議論からは、宿題も見えています。

  • 板橋区の福祉避難所は、 すべて民間施設との協定 です。区が自前で開設する福祉避難所はありません。
  • 区は、協定を結んでいる福祉避難所の 耐震化の状況を把握していません 。令和6年第1回定例会の答弁は「現時点におきましては、福祉避難所の耐震化等の実施状況を把握していないために、把握方法について検討していきたい」でした。
  • 区自身が福祉避難所を設置することについては、「要配慮者の特性に応じた施設の整備が困難」「人材の確保」などを理由に、「他自治体の取組を参考にしながら今後とも研究していきたい」という段階にとどまっています。
  • 区が行った福祉避難所連絡会へのアンケートでは、災害時にスタッフが福祉避難所へ参集できるかが不透明であること、避難者ご自身が薬の管理をできていない場合は受入れが難しいことなどの課題が挙がっていると、議会で示されました。

つまり、直接避難を認める方向へは進んでいるものの、 受け入れる側が本当に開けられるのかは、まだ確かめきれていない ということです。

個別避難計画という「切符」を持てるかどうか

「いったん一般の避難所へ」という原則は、受入れ能力を管理する仕組みとしては理解できます。
しかしそれは、 移動の負担を要配慮者ご本人に負わせることで成り立っている仕組み でもあります。

個別避難計画があれば、ここをショートカットできるわけです。
水害では、計画があれば直接避難できると、区自身が認めているのですから。

ただ、この個別避難計画には、はっきりした限界があります。
そしてその限界は、多くの方が思っているのとは、たぶん違うところにあります。

まず、区が誰を対象にしているか。

板橋区が作成を支援している対象は、次の条件を満たす方です。

  1. 避難行動要支援者名簿に載ることに同意している
  2. 浸水地域、または土砂災害警戒区域内に居住している
  3. 要介護3以上の認定を受けている(または、障害者手帳をお持ちで要介護・要支援認定を受けている)

そして区は、こう明記しています。

板橋区では、災害の中でも水害リスクに特化した個別避難計画の作成を支援しています。

この条件に当てはまる方は、 約2,200人 です。
令和4年度から令和8年度までの5か年で、災害の危険度が高い地域から順に作っていく計画になっています。

では、どこまで進んだのか。
令和7年10月22日の決算調査特別委員会で、健康生きがい部長がこう答弁しています。

令和4年度から令和6年度までの累計で、高齢者168人、障がい者120人の計画を作成しています。3年間の作成率につきましては、高齢者が約75%、障がい者が約78%でございます。

約75%と約78%。
これは、低い数字ではありません。
区は、対象を絞ったうえで、着実に作っています。

しかし、私にはひっかかっていることがあります。

令和7年の国(内閣府)の調査では、板橋区の個別避難計画の策定率は「2.36%」とされているのです。

「75%、78%」と「2.36%」。
この差は、いったいどこから出てくるのでしょうか?

国の調査は、避難行動要支援者名簿に載っている方の全員を分母にしているからです。
板橋区は、その中から水害・土砂災害のリスクが高い約2,200人に絞って取り組んでいます。
分母が違うのです。

だから、問題は作成率ではありません。
分母のほうです。

  • 対象は水害・土砂災害に特化していて、 地震はまだ対象外 です。
  • 浸水区域・土砂災害警戒区域の外に住む要支援者は、区が作成を支援する対象になっていません。ご本人やご家族が自分で作って区に提出する形になります(提出方法は、令和7年に区のホームページへ追記されました)。

地震などへ対象を広げるのかどうか。
令和7年10月15日の決算調査特別委員会・健康福祉分科会で、長寿社会推進課長はこう答弁しています。

現時点では、令和8年度の水害地域の対象者の名簿作成の支援、そこをまず第一義的に進めていこうというところの確認までで終わってございます。

つまり、拡大するかどうかは、これから決めるということです。

先ほど書いたとおり、区は「水害なら、個別避難計画があれば福祉避難所へ直接避難できる」と認めています。
しかし、その切符を持てるのは、いまのところ浸水区域・土砂災害警戒区域に住む約2,200人だけです。
そして地震のときには、その切符自体が存在しません。

個別避難計画は、単なる書類ではありません。
「一般の避難所を経由しなくていい」という切符 です。

作成率を上げることではなく、 切符を配る範囲を広げること
とりわけ、地震を対象に加えること。
福祉避難所の議論で私がいちばん重要だと考えているのは、この点です。

まとめ

  • 日本は建物で人を守るのは世界最高水準。しかし熊本地震(2016)は死者275人のうち直接死50人・災害関連死225人、能登半島地震は直接死228人に対し関連死が520人を超えるなど、生き延びた後で亡くなっている。国の首都直下新想定は初めて関連死1.6万〜4.1万人を推計した。
  • イタリアは48時間以内にトイレ・キッチン・ベッドを整える(TKB48)。台湾は花蓮地震で発災3時間後に冷房・ベッド・女性専用テント付き避難所を開設した。
  • 板橋区は到達している点が多い。体育館空調は全校整備済み、携帯トイレは1年で約4倍の489,900個、粉ミルクは液体ミルクへ全面切替、運営マニュアルに女性複数人の参画を明記。
  • 課題は4つ。段ボールベッドが現物備蓄になく協定頼み。1人あたり1.75㎡は都の新指針(3.5㎡)と乖離。備蓄3日分に対し避難者ピークは4日後〜1週間後。避難所の電源計画が見えない。
  • 在宅避難が原則。福祉避難所へは原則として直接行けない(開設は3日後目安)。ペットは同行避難であって同居ではない。
  • ただし「いったん一般の避難所へ」の原則は議会で議論が続き、区の答弁も動いている。 水害は個別避難計画があれば直接避難が可能 、地震も新規協定・福祉避難所連絡会で通所者の直接避難を要望し「一定の理解」を得た段階。残る宿題は、福祉避難所がすべて民間協定であること、区が協定先の耐震化状況を把握していないこと、区立の福祉避難所は「研究」段階であること。
  • 鍵は個別避難計画。区の対象は「浸水地域・土砂災害警戒区域に住む名簿同意者で要介護3以上等」の 約2,200人 に絞られ、令和4〜6年度の3年間の作成率は 高齢者約75%・障がい者約78% (区答弁)。国の調査に出てくる「策定率2.36%」は名簿登載者全員を分母にした数字で、区の取組の評価には使えない。
  • したがって問題は作成率ではなく分母。地震は対象外、浸水区域外の方は自力作成。計画は書類ではなく「一般の避難所を経由しなくていい」切符であり、配る範囲を広げることが要る。

明日は、水害の話です。
2019年10月12日、荒川が氾濫危険水位まで「あと53cm」だった夜のことを書きます。


出典・参考資料

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